ありきたりな疑問ですが、ちょっとだけ考えてみてもいいですか?
「自分が生きているってどういうことなんだろう」というテーマについて。
いや、ホント時々思うんです。人間が生きていることと死んでいることなんて紙一重だなぁと。
だってそうでしょう?ありんこだって、ちょっとプチッと踏んでしまったらそこで一瞬にして、「生物」が「単なる有機物」に変わってしまうんです。よくよく考えると、それらの違いは、究極的には体の中で代謝が行われているかどうかでしかないと思うんですが、どうなんでしょうか?
食べ物を食べて、呼吸して栄養分を燃やして、細胞をどんどん新しく作り出して、神経シナプスを発火させて、筋肉を動かして、余分なものは排出して。。。要するに、何かエネルギー変換器のかたまりみたいに見えてきちゃうんですね。
でも、車とありんことを同等の価値観を持ってみることはできないですよねぇ。車でいえば、エンジンがかかっているときは「生物」で、かかってないときは「単なる無機物」、その差は紙一重だ!なんて言う人はいないでしょう。
僕の、この紙一重感には何か重要な概念が欠落しているのでしょうか?ありんこにはあって車にはないもの。ありんこを単なるエネルギー変換器ではないものたらしめている何かが。。。
確かに、工学的視点ではなく、もう少し心理学的視点で考えれば、人間には感情があるとか、自己意識があるとか、意志があるとか、エネルギー変換だけでは語り尽くせない、色々な生物ならではの特徴が見えてきますね。
でも、それらも究極的には脳みその中で起きたシナプスの発火という物理現象に付随する副産物的なものでしかないのか、なんて考えると、やっぱり有機物の固まりの中で自己発生的に起きた化学反応の結果でしかないのかなぁと、考えてしまうのです。
う~ん不思議。
こんなことを考えてしまうのは、職業病なんでしょうか?
あ、ちなみに今日はノンアルコールです。