ついでなので,昨日の話の続きもしちゃいましょう.
今回のテーマは,速いパッセージの弾き方の話.例えば,なんかの曲を練習中,64分音符とかのスラーで,臨時記号とかがいっぱい付いちゃったフレーズが視界に入ってきた時,「ゲッ!」て思いませんか?何か一部分だけ,やたらインクを沢山消費して真っ黒になったフレーズを発見しただけで,僕はゲンナリしちゃいます.
で,嫌だなぁとか思いながら一気に突っ込んじゃったら案の定,スラーの途中でわけわかんなくなって,演奏ストップみたいな...
こんなときは,その黒い塊を丸ごと何とかしようと考えるんじゃなくて,腰を据えて音符ひとつひとつの音程を確認しながら演奏し,地道に音を積み重ねるようにして練習すると良かったりします.これって,絡まった釣り糸をほどくときの心境に似ていると思います.
ヘッドホンのコードがカバンの中で絡まっちゃったときでも良いですけど,こういう状況の時って,早く音楽を聴きたいという衝動が先に立って塊を無理やり引っ張っちゃったりして,さらに絡まりが硬くなっちゃうことがあるでしょう.あれと同じ感じなんです.
音符の黒い塊を見た瞬間に,「細かい」とか「速い」とかいうイメージが先行して,いくら繰り返して練習しても弾けなくなっちゃうんです.
これを逆の発想で,その黒い塊を引き伸ばして一曲にしたと思い,ゆーっくり弾き始めて,少しずつ速くしていくと,なぜだかさっきはあんなに速いと思っていた音符の塊がスローモーションのように感じられ,サラサラっと演奏できるようになるのです.
もし,少しずつテンポを速くしていく途中で破綻したと思ったらもう一度,一段階遅いテンポに直して弾き直すべきです.地道に積み重ねていかないと,結局途中から音符の塊に戻ってしまい,その先いくらテンポを速くしても,もはやスローモーションには感じられなくなってしまうからです.
「一曲の中にはたくさんのフレーズがあるんだから,こんなスラーに練習時間をかけられないよ」なんて考えちゃいけません.そのフレーズの練習時間を削ったところで,何の得があるんでしょうか.結局中途半端な一曲が出来上がるだけでしょう?「このフレーズができなければ,他の部分を練習しても意味が無い」ぐらいの気持ちで地道に練習することが重要なんですね.
どうですか?この話はフラクタル的な構造を持っているでしょう.音符の積み重ねがフレーズになり,フレーズの積み重ねが一曲になる.
結局は一つ一つの音符の積み重ねが一曲なんですね.アコヤガイが真珠を作り出すように,一音一音を丹念に重ねていくと宝石のような一曲が仕上がると僕は信じています.
なかなか練習時間の取れない私のような社会人は,やっつけ練習になりがちなんですが,気持ちの持ちようでだいぶ練習の効率も変わってくると思うのですが,どうでしょうかね.