最善の選択

同じ年に入社した大学時代の友人から、今の会社内でのロボット開発体制に関する質問を受け、話をする機会がありました。

なんでも、入社後数年が経ち、そろそろ将来のキャリアプランを考えて、本来自分がやりたいと思っていたロボット開発に何らかの形で携わりたいと考えているようです。本人は社外も含めて選択肢を広げようと考えているようで、かなり真剣でした。

確かに、今や仕事というのは職種で選ぶ時代で、会社で選ぶ時代ではないのかもしれません。会社に元気がないということも、彼の気持ちを動かしているのでしょう。さらに自分の満足を満たすために上を目指すという気持ちは素晴らしいと思います。

でも、世の中平均の視点でこのことを見ると、彼の現在の状況もかなり恵まれた類に属するような気もして、ある意味贅沢な悩みだなぁとも思いました。傍目からはわからない事情も内部にはあるのかも知れませんけれど。

結局、彼にとっての大学時代の就職活動というのは「就社」だったのかもしれません。

彼らが学生時代に、学生同士で話し合いを繰り返し、時には非情ともとれる議論を重ねた末にやっと推薦枠を勝ち取った経緯を僕は全て横で見ていました。

そのころのことを思い起こすと、あんな努力までして入った会社であっても、数年後には何らかの形で自分のしている仕事に疑問を感じるようになってしまうことを実感し、あらためて学生の頃の視点というのは、非常に表面的だったのだなということを感じます。

しかし、どんなに慎重になったとしても、結局は入ってみなければわからないことがほとんどだと思います。運という要素も大きくはたらくでしょう。

人はその時その時で、自分の努力の範囲で最善と思われる選択肢を選び続けているわけで、過去の自分を責めても仕方ありません。結果として想定と違ってしまった場合には、やはりその時点での最善の選択をし続けるしかないのだと思います。

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