中学か高校生ぐらいの時から好きな作家の一人に,向田邦子さんがいます.僕と名前の漢字が2文字違いだったりするので,何となく親近感があるのでしょうか.
僕が受けたセンター試験の現代文にも,読んだことのある向田さんの話が取り上げられていて,その時はラッキーだなと思った記憶があります.
エッセイの内容としては,向田さんの父親のキャラクターがとても印象的で,中学だったか高校だったかの現代文の教科書に話が載っていたのを読んだときに,一気に好きになってしまったのがそもそもの出会いです.
亭主関白な父親で,子供達にとっては日々理不尽なことで怒鳴られたり,様々な決まり事があって窮屈なことこの上ないんだけれども,家族全員にとっては,父親の言うことは絶対であって,決して反抗したりはしないのです.
それは何故かというと,父親が家庭の外では家族の幸せを思い,自分の貧しい生い立ちで味わってきた苦労を自分の家族には味わって欲しくないという思いから,日々周囲の人に対して頭を下げ続け,懸命に仕事をして出世し,今の生活を築いてきたこと,さらに,父親の家庭での厳しい言動は,自分の理想とする家庭像を生真面目なぐらい真剣に考えて,実現しようと努力している,その実直さの裏返しであることを知っているからなのです.
父親自身は,家族みんなが健やかに,平和に生活できていることに幸福感を感じ,そんな家庭で自分が威厳を保っていられることを子供のように喜び,日々生活しています.
だから,子供達は普段家庭の外で苦労している父親のことを思い,父親の幸せのためにも,一見理不尽なようなことでも,あえて,我慢する気持ちを重ねているのです.
ひとたび家族ににトラブルが起きれば,不器用な言動ながらも,自分のとりうる全ての努力を傾けて,家族を守ろうとする父親の姿からは,家族に対する愛情と,人間としての温かみが深く伝わってきて,人を思いやる気持ちの本質はこういうところにあるのだなぁということを,文章を読むたびに思い知らされます.
父親が真剣だから,子供達も我慢します.反抗したり,ひねくれたりしません.父親が子供達を自分と対等な個であることを認めているから,変に甘やかしたりしないし,子供達も父親に甘えの気持ちを持ったりしないのでしょう.
こんな家庭の姿は,明治時代か何かのような雰囲気がしないでもなく,最近は優しいパパ全盛だし,亭主関白なんてまったく流行らないのかもしれませんが,少なくとも向田家の家族の絆は深く,非常に健全な家庭の姿のように僕は感じます.
興味のある人は,文春文庫から出ている「父の詫び状」辺りを読んでみたらいいかもしれません.